「家」から「住宅商品」に変化して無くなってしまったもの

2010年頃からリフォーム市場規模が伸びている。古民家再生はその流れの一環だろう。今回「和雪庵」として活用を始めた町屋も築年数不明の古民家だ。

古民家再生にも方法が様々あり、過去のものをできるだけそのまま活かす「修繕」、柱を残して壁や床などを新建材で施工していく「改修」など、生活スタイルや予算にあった方法でこれらをうまく配合して作り上げていくといった流れが多いだろう。当然畳にこだわる必要も無く、全室フローリングでもかまわないし、段差をなくしたバリアフリーにしていくのも良いと思う。もちろん、断熱性能や防炎、耐震性能の向上といった機能面での改修は大いに取り入れるべきだと思う。

ただここで気になる点がいくつかある。 リフォームに際して施主の要望を取り入れていく流れは当たり前なのだが、施主がもつ体験からの基礎知識は現代住宅での生活である。大きなお屋敷での生活からでは無い。当然基準となる生活よりも快適な空間を望むのは当たり前で、打ち合わせを進めていく中で予算と空間の制約から調整を取っていく流れになる。

これは当たり前だし悪いことではない。むしろやらなければならないことだが、ここでの問題は受注側である。少なくとも住宅建築の歴史をよく勉強しているだけではなく、日本が持つ文化面の知識を持ち合わせているか否かで、できあがってくる内容が全く異なるのである。

多くの工務店は新建材を使った施工の知識や経験を元にして、設計・デザイン段階においても「できる・できない」を判断している。極端な例を出せば、屋根を神社建築で見かけるような「檜皮葺にしてくれ」と言っても、おそらく「やってもいいが責任はとれない」か「できない」のような反応になる。檜皮葺が外観デザイン上マッチしないから云々…ではなく、檜皮葺は「葺き替えが必要」なことや建物の「格」、歴史背景、職人についてなどの情報から判断して、説明とともに代替案を出してくるくらいの気負いが必要である。

檜皮葺はともかく、要望に対して少なくともハウスメーカー系のリフォームでは自社製品でなんとかするか、新建材でなんとかするといった発想に落ち着く。施主の意見を極力丸呑みする思考だが、これは「商品」を扱うことだ。

高い金額を支払うのは施主なので当たり前と思われるが、この考え方が「家」から「住宅商品」へ変化し、その結果無くなってしまったものが多く見受けられる。このことは他のプロダクツデザインにも言えることだと思う。